研究室から見えるキャンパスの桜。18歳の時に教養キャンパスで見た桜と(たぶん)同じ。
代悲白頭翁(劉廷芝)
洛陽城東桃李花/飛來飛去落誰家/洛陽女兒惜顔色/行逢落花長歎息/今年花落顔色改/明年花開復誰在/已見松柏摧爲薪/更聞桑田變成海/古人無復洛城東/今人還對落花風/年年歳歳花相似/歳歳年年人不同/寄言全盛紅顔子/應憐半死白頭翁/此翁白頭眞可憐/伊昔紅顔美少年/公子王孫芳樹下/淸歌妙舞落花前/光祿池臺開錦繡/將軍樓閣畫神仙/一朝臥病無相識/三春行樂在誰邊/宛轉蛾眉能幾時/須臾鶴髪亂如絲/但看古來歌舞地/惟有黄昏鳥雀悲
自由翻案訳(神大新入生のみなさんへVer.)
六甲に今年も桜が咲いた。花は咲いて、やがて散っていく。若者は「年はとりたくないね~」などと宣うが、まさにおっしゃる通り。来年はこの世にいない人だって多い。今は青々と茂っている樹木だって来年は切り倒されて粗大ごみで処分され、畑だって地球温暖化に伴う海面上昇で海になるかもしれない。春先になると桜が咲くのは今も昔も同じだが、昔の桜を見ていた人は、あたりまえだが、もうこの世にはいない。春が来ればいつもいつも花は咲くが、それを見る人はそのつど変わっていく。18歳、青春真っ盛りの神大新入生諸君、入学おめでとう。教室で教授を見て「おじ(い?)ちゃんだな~」とお思いかもしれないが、わたしだって、ほんの40年前は君らと同じ紅顔の神大新入生だったんだよ。新歓コンパで意識を失って先輩に介抱され(笑)、貴公子のような若さ溢れる友人たちといろいろ遊びもした。でも若き日なんてあっという間。六甲の少し先にある新開地を考えてみよう。かつては浅草と並ぶ日本最大の歓楽街で、東洋一の「神戸タワー」がそびえていたのだけれど、今では、夕方になると、静かにカラスが鳴いている。
※昔、高校の漢文の授業で読んだときはえらく辛気臭い詩だなあと思いましたが、今読んでみると、なんだか染み入りすぎて怖い気がします。あと数回、研究室から桜と新入生を見るたびに、この詩を思い出しそうな予感がします。






