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2018/05/05

2018. 5.5 研究メモ:日本語論文のcitation方式について

いくつかの学会で,ジャーナルの査読や編集の仕事をしています。教育系であれば,論文書式はアメリカ心理学会APA6で,というところが多いのですが,APA6では,日本語論文の引証書式は規定されておらず,そこをどうするかは,なかなか悩ましい問題です。

APA6の場合,たとえば,雑誌論文だと以下のような書式になります。

(0) APA6版
Ishikawa, S. (2017). How L2 learners’ critical thinking ability influences their L2 performance: A statistical approach. Advances in Social Science, Education and Humanities Research145, 70-75.

このルールというか,精神を,できる限り忠実に反映すると,日本語版の引証書式は以下のようになるでしょう。


(1) APA6にできるだけ似せた石川私案版
石川, S. (2017). 現代日本語における「デ」格の意味役割の再考:コーパス頻度調査に基づく用法記述の精緻化と認知的意味拡張モデルの検証. <it>計量国語学</it>31(2), 99-115. (※雑誌名の計量国語学はイタリック)

なかなかいいような気もしますが,日本語文で漢字をイタリックにしたり,日本人の姓名の名をイニシャル表記にすることには抵抗を感じる人が出てくる可能性はあります。

で,そこを「石川慎一郎」のようにフルで日本語にすると,論文名は「 」で括りたくなり,そうすると雑誌名は『 』で括りたくなり,さらには,31巻2号と書き出したくなります。ただ,そこまで変えてしまうと,もはやすっかり日本語なので,どうせなら,(2017)の括弧も全角の(2017)にしたくなりますし,日本語にない半角ピリオドも追放したくなるでしょう。。。

 この問題にどう対処するか。そこで,まずは,国内の英語教育系学会のジャーナルでの推奨書式を見てみることにします。


(2) 全国英語教育学会紀要(ARELE)書式
高田智子 (2015). 「小学校英語教育経験者の中学入学以降の文法獲得」『関東甲信越英語教育学会紀要』第19号, 34-56.   (※ARELE29号巻末p.330より)

ARELEでは,年号カッコは半角。カッコ後ピリあり。号数は「第~号」表記で,ぺ―ジ数後はピリのルールが採用されています。


(3) 外国語教育メディア学会(LET)紀要書式
石川慎一郎 (2013).「ICNALEを用いた中間言語対照分析研究入門:日本人学習者の『特徴語』を再考する」『英語教育』(大修館書店), 61(13), 64–66. (※学会ウェブサイト上のテンプレートより)

ここでは,巻号は日本語であってもAPAスタイルを踏襲することとされています。なお,雑誌名については,"定期刊行物は誌名だけで特定できない場合,( )で刊行所(学会・大学・出版社)を併記する。『**大学紀要』や『**学会論集』などの場合は不要。"という注記があります。これは,日本で刊行されている学術誌の名称の曖昧さ(雑誌名だけではどこが出している紀要なのか辿れない場合が多い)をふまえ,筆者が日本語のジャーナル論文の引用のあるべき姿として前々からあちこちで主張してきたことなのですが,もしそれをお聞き届くださったのなら光栄に思います。(ちなみに,書式見本に拙論が載っているのも光栄の極み・・・というかかなり恥ずかしいです。)


(4) 大学英語教育学会紀要書式
所 正文(1989)「職業意識の立体構造分析に関する試論」『応用心理学研究』No. 14, 1-11 (※学会ウェブサイト上のテンプレートより)

ここは,ARELEやLETと異なり,(1989)の後はピリなしです。で,巻号表記は,No. 14という新バージョンで,かつ,1-11の後にもピリなしです。No.というのが斬新ですが,ただ,これは,もしかすると,『応用心理学研究』という雑誌に採用された巻号ルールを踏襲したものかもしれません。そこで,同雑誌を確認すると,「~号」表記であることがわかりました。つまり,元の雑誌が号であろうとなんだろうと,No. という表記に変換するのが,JACET(本部)ルールだということになります。


(5) 全国語学教育学会(JALT)紀要書式
荒金房子. (2015). 「高等学校英語教科書に見られるオーラル活動とタスクの分析」 . 『植草学園大学研究紀要』, 第6巻, 99-107. 
(※JALTは公式のテンプレートが見つからなかったため,最近出たJALT Journal 39(2)号に掲載された日本語論文[福田・田村・栗田,2017]の文献表にある記載の一部を引用させていただきました。)

一見これまでのものと似ているようですが,年号の丸ガッコを全角にしていること,姓名の後にもピリオドを加えているところがほかとは異なります。また,「 」の終わりにピリオドを,『 』の終わりにカンマを付けていることも他とは異なり,全体として,私案の(1)同様,APAにかなり近づけたものだと言えます。一方,巻号はなぜか「第6巻」表記です。

                  ***

 さて,APAというのは,そもそもはアメリカの心理学会であるわけで,であれば,日本の心理学会の書式がお手本になるかもしれません。


(6) 日本心理学会
深谷 達史(2011a).科学的概念の学習における自己説明プロンプトの効果── SBF 理論に基づく介入── 認知科学,18,190-201.

小川 時洋・門地 里絵・菊谷 麻美・鈴木 直人(2000).一般感情尺度の作成 心理学研究,71,241-246.

(※日本心理学会「執筆・投稿のてびき(2015年改訂版)」p. 40より)

 さすが日心というべきか,かなり,APA6に似せてきました。ここでは,論文題目の「 」も,雑誌題目の『 』もすっかり外しています。また,巻号ページ表記もAPA6風です。ただ,論文題目と雑誌題目の間は,「,」などの記号はなく,全角スペースで処理しているようで,これは少し読みにくいかもしれません。

 なお,同学会の「執筆・投稿のてびき(2015年改訂版)」は,全体で79ページに及びます。科学研究の基盤として,学会全体で,論文の書式を非常に大事にしている姿勢が浮かびます。もう一つ,心理系のいろいろな学会の紀要書式を調べていて思ったのは,学会の多くが,それぞれ独自の書式を作るのではなく,日本心理学会の「執筆・投稿のてびき」に従え,としていることです。これにより,分野全体で,APAに規定されていない日本語文献の引用書式を協力して確立していく体制ができあがっています。

 英語教育の学界でも,どこか1つがリーダーになって,79ページ分の書式集を作り(!),それを他の学会が参照することで,少なくとも,分野内において,日本語論文引証方式を統一していくことが必要かもしれません。小さいことのようですが,学術研究の信頼性はこういうところから始まるような気がします(し,なにより,学会紀要編集委員の仕事の2割ぐらいがこれで楽になりそうです)。

※なお,応用言語学における論文の構成については,こちらもご覧ください。