下記に参加し,講話を行いました。
神戸大学附属小学校平成30年度研究発表会
研究課題:他者と対話的な関係を築き,「納得解」を創造する子ども(第2年次)
−「他者」「自己」「対象」との対話を視点にした授業づくり−
2018/11/3
石川は,同学校のグローバル科(一般校の外国語活動・外国語科に相当)のカリキュラム設計を行っており,当日は開発中の新カリの授業実践を視察し,講評を行いました。
当日の授業は「グローバル科」の小4生対象のもので,トピックに軸足を置き,世界の複数の地域を比較する「トピック&エリアスタディ」の実践として,世界の球技を取り上げた単元の一部でした。
子ども達は,一定量の英語を読み,話す活動を行うだけでなく,世界には自分が知らない球技が数多く存在することや,知らない球技を調べて英語で発表する活動を通して,英語力とグローバルキャリア人の基礎的能力を並行的に涵養していきます。
協議会(事後研)風景
課題はもちろんたくさん残っていますが,それでも,新しいカリキュラムが一定の形を見せ始め,児童に一定の影響を与えつつあることが確認でき,実り多い1日でした。
附属小のグローバル科の新カリキュラム構想に関する関連論文はこちら。
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ちょうど,この前日に,学内で開催された「明治期の神戸と神戸大学展」を参観しました。そこでは,附属学校に関係する展示もありました。
備忘録として(※当日配布された資料より附属関係事項を抜粋)
1874(M7)10月:兵庫県師範伝習所が神戸元町に開所。
1877(M10)1月:兵庫県師範伝習所が神戸師範学校に改称。
1878(M11)4月:神戸師範学校附属小学校開校。
1886(M19)4月:師範学校令により神戸師範学校が兵庫県尋常師範学校に改組。
1898(M31)4月:師範教育令により兵庫県尋常師範学校が兵庫県師範学校に改称。御影に移転。
1900(M33)2月:兵庫県第二師範学校が姫路に設置。兵庫県師範学校が兵庫県第一師範学校と改称。
1901(M34)8月:兵庫県第一師範学校が兵庫県御影師範学校に,同第二師範学校が兵庫県姫路師範学校に改称。
1902(M35)2月:兵庫県明石女子師範学校が明石に設置。
1903(M36)3月:姫路師範学校附属小学校設置。
1904(M37)9月:兵庫県明石女子師範学校附属小学校・幼稚園が設置。
1912(T01)12月:兵庫県明石女子師範学校附属小学校及川平治主事による「分団式動的教育法」刊行。(参考)
現在の神戸大学国際人間科学部(※旧教育学部→発達科学部),および,神戸大学大学教育推進機構(※旧教養部)のルーツは,M7設置の兵庫県師範伝習所です。約145年の歴史が流れています。
現在の附属小のルーツは1878年の神戸師範学校附属小学校ですが,明石地区での教育実践ということに限れば,直接のルーツは1903年の兵庫県姫路師範学校附属小学校となりそうです。当日は,明石女子師範に掲げられていた「六婦人の肖像画の屏風」が展示されていました。当時の女子師範では,教員志望の女子に対して,神功皇后(身重でありながら新羅に出兵して勝利)・滝鶴台夫人(赤と白の毬を用意し,善行すれば白い毬を,悪行すれば赤い毬を巻いて日々「振り返り」)・松下禅尼(障子の切り貼りで節約)・山内一豊夫人(夫の出世を支援)・紫式部・楠木正行母(父を失ってショックの息子の自殺を阻止)の6名をロールモデルとしていたそうです。今の基準から見れば突っ込みどころが満載ですが,一つの時代の姿として。附属の「ふりかえり」は伝統(最近は神戸大学本体にも普及)なので,個人的には,滝鶴台夫人からの思わぬリンクに興味をそそられました。大学でも,振り返りを行わせるオンラインインタフェースに,白い毬と赤い毬を選ばせるようにしてはどうかな?